創薬って何?
創薬アドベントカレンダー 2017 初日記事
#souyakuAC2017
創薬のために生まれたこの私 souyakuchan が、まず「創薬」とは何かについて簡単に
説明を試みておく。
創薬という言葉を聞き慣れない方にも、なんとなくイメージを持って頂けたら幸いだ。
語義
まず言葉の意味から紐解いてみよう。
「薬を創る」と書いて「創薬」と言うわけだが、この言葉自体が創られたのは
50 年以上前だそうだ。
"創薬" とは文字通り「医薬を創製する」ことだが、この創薬という言葉を創ったのは故・野口照久氏だ。彼が 1963 年に熱海で薬学合宿していた時にお風呂で思いついたものの、言葉として周知できたのは 1984 年以降だそうだ。
— 創薬ちゃん (@souyakuchan) 2016年9月10日
> 出典 https://t.co/DZwl82rNXR
英語では “Drug Discovery” すなわち「薬の発見」と言い表される。
要するに創薬とは、新しい薬を発見もしくは創り出す営みのことだ。
例
具体例をいくつか出しておこう。
抗寄生虫薬
歴史上最初の抗マラリア薬はキナの木 (Cinchona pubescens) の樹皮に含まれるキニーネだ。17 世紀頃から効果が知られ治療に使われていた。作用機序はまだ完全には分かっていないようだが、ヘムの処理を阻害してマラリア原虫に毒性をもたらすらしい。 pic.twitter.com/r3IUKDFAy1
— 創薬ちゃん (@souyakuchan) 2017年3月8日
2015 年のノーベル賞は抗寄生虫薬の発見がテーマとなったが、Avermectin と共に受賞対象となったのが Artemisinin だ。クソニンジンというヨモギの仲間から発見された。天然物らしい立体感溢れる構造だな。 pic.twitter.com/LZQOouQmJG
— 創薬ちゃん (@souyakuchan) 2017年3月8日
抗マラリア薬は自然界から発見された薬の古典的代表例と言えるだろう。
流行りの Pokémon GO をやってみたが、ポケモンより道端の土が気になってしまうな。ちなみに 2015 年にノーベル賞を獲った大村智先生は伊東市の川奈ゴルフ場の土から GET した放線菌という細菌から抗寄生虫薬を発見したんだ。 pic.twitter.com/QsmTHPwZYh
— 創薬ちゃん (@souyakuchan) 2016年8月8日
寄生虫疾患における天然物創薬での日本人のノーベル賞受賞も記憶に新しい。
自然の中での採集活動と多大な労力による研究開発の賜物だ。
抗インフルエンザ薬
ちなみに、最初に開発されたノイラミニダーゼ阻害薬はオセルタミビルではなくザナミビルだ。シアル酸のアナログである 2-deoxy-2,3-didehydro-N-acetylneuraminic acid; DANA (図)から、結晶構造に基づく薬剤設計によって合成展開されたんだ。 pic.twitter.com/r1IC7MvtjS
— 創薬ちゃん (@souyakuchan) 2017年2月23日
ザナミビルとノイラミニダーゼの結合様式だ (2HTQ.PDB)。DANA からの合成展開においては、環の 4 位の展開が活性向上に大きな役割を果たした。 pic.twitter.com/HFClvd9xbE
— 創薬ちゃん (@souyakuchan) 2017年2月23日
一方これは生体内に存在する物質をもとに改造を施して薬を設計した例だ。
このように低分子化合物の薬剤は、標的とするタンパク質の表面の
くぼみにピッタリはまり込むことで効果を発揮する。
免疫チェックポイント阻害薬
Apo 体の PD-1(緑: 3RRQ.PDB)にリガンドである PD-L1(水色)が結合して holo 体の構造(ピンク: 4ZQK.PDB)に変化する様子だ。この構造変化によって免疫チェックポイントシグナル伝達が起こるんだろうな pic.twitter.com/eTnXHFnwkZ
— 創薬ちゃん (@souyakuchan) 2016年8月26日
この創薬標的に関しては、今のところ抗体による介入が主流となっている。
現代の創薬においては低分子化合物に限らない様々な手段が駆使されているんだ。
創薬標的
必要性があるからこそ薬は創られる。
すなわち、疾患や病的状態の治療、もしくは生理機能の改善のための営みが創薬だ。
治療対象としたい疾患の発生機序において、薬によって介入することで治療効果が
見込める分子が存在する場合、その当該分子を「創薬標的」と称する。
例えば先述の抗インフルエンザ薬で言えば、ウイルスを細胞から切り離して撒き散らす
機能を持つノイラミニダーゼという酵素が創薬標的(薬で機能を阻害すべき対象)だ。
低分子(もしくは生物学的製剤)によって創薬標的に介入可能である場合、その標的は「ドラッガブル (druggable)」であると言う。低分子が結合できるような窪み・ポケット構造があるかどうかという意味で使われることが多いかな。酵素は大抵、活性部位が凹んでいるから低分子で狙いやすい。
— 創薬ちゃん (@souyakuchan) 2016年10月5日
創薬とは、
「創薬標的分子が有する機能に介入するため、標的に特異的に結合する物質を探すこと」
と言い換えることもできるだろう。
ただし、疾患の発生機序に関わっていそうな分子であるからといって、それが必ずしも
実際に創薬標的となりうるわけではないので、標的ごとに慎重な検討が必要不可欠だ。
・その標的に介入すれば薬効が期待できるか
— 創薬ちゃん (@souyakuchan) 2016年10月5日
・介入してしまっても問題は起きないか
・そもそもその標的に薬で介入可能か (druggability)
といった事項を検証することを、"ターゲットバリデーション" と呼ぶ。そこをしっかりしておかないと、後で困るぞ。
創薬にかかるお金
圧倒的な売上で市場を席巻する薬はブロックバスター (blockbuster drug) と呼ばれる。決まった定義があるわけではないが、1つの製品で 10 億ドルを超える年間売上が目安とされる。画期的新薬として開発費が1年そこそこで回収できてしまうような製品だな。
— 創薬ちゃん (@souyakuchan) 2016年9月9日
上市に成功しブロックバスターともなれば莫大なリターンが期待できるものの、
創薬研究開発のコストパフォーマンスは実はどんどん悪化している。
ムーアの法則というのは Intel 創設者の1人の Moore 氏が 50 年前に唱えた話だな。CPU とか集積回路の集積密度が 18 ~ 24 ヶ月で2倍に進歩するというやつだ。創薬の場合は悲しいことにその逆で、研究開発費が9年で倍になるというのが Eroom の法則だという。
— 創薬ちゃん (@souyakuchan) 2016年9月30日
さっきのレビュー (https://t.co/TvNGkOSP1h) にグラフで示されているが、1950 年代は研究開発費 10 億ドルあたりの新薬上市数は数十個はあったのが、2000 年代には 1 個を切るようになってしまった。今や新薬1つの上市に1千億円では不足ということだ。
— 創薬ちゃん (@souyakuchan) 2016年9月30日
しかも開発から上市に至るまでで 10 年単位の時間がかかる。
莫大な資本を有するメガファーマ(巨大製薬企業)であっても覚悟が要る稼業だ。
Go? No Go?
最後にブログタイトルを回収しておこう。
ここまでで述べてきたように、創薬研究開発には莫大な労力・費用・期間がかかる上、
開発途中でドロップアウトするリスクが常にある。
治験の成功率についての総説。裏を返せば、治験に入った薬剤がただの粉になる率の話だ。
— 創薬ちゃん (@souyakuchan) 2016年11月11日
> Clinical development success rates for investigational drugs https://t.co/Gl8DyxUqZ3
治験に入った薬は第 I 相、第 II 相、第 III 相試験、そして承認申請を経てのち上市に至る。各フェーズの通過率を ‘Phase Success’、承認に至るまでの率を ‘Likelihood of Approval’ (LOA) と称し、治験薬の成功率が表される。
— 創薬ちゃん (@souyakuchan) 2016年11月11日
Phase Success の大まかな数字としては、I → II が6~7割、II → III が3~4割、III → 承認申請 が6~7割、承認申請 → 承認 が8~9割 だそうだ。I 相からの LOA は 10 ~ 15% 程度ということになる。
— 創薬ちゃん (@souyakuchan) 2016年11月11日
開発失敗した場合の損失は多大なものであり、開発フェーズが進むほど失敗時の
ダメージは大きくなる。
先の見込みのないプロジェクトからは極力早期に撤退したほうが傷が浅く済むので、
要所要所で「プロジェクトを先に進めるか否か (Go / No Go)」の決断を迫られる。
今や1つの新薬を研究開発・上市するまでには、治験費用を含め数千億円かかるとされている。極力早い段階で Go / No Go 判断を適切に下すことで、失敗した場合の痛手を少なくすることが大事だ。
— 創薬ちゃん (@souyakuchan) 2016年11月11日
創薬をやるかやらないか?
それは Go! しかないだろう。
効かない薬はただの粉だが、
効く薬を見つけるのは宝探しのようで楽しいぞ。